九州かるた協会

こちらは福岡県の競技かるた公式サイトです

九州かるた協会について

ごあいさつ

九州かるた協会 会長 内川信幸

 九州かるた協会は、福岡県のかるた会が集まり、福岡県における競技かるたの普及、指導を一体となって行っています。また、一般社団法人全日本かるた協会に福岡県内で唯一登録されたかるた会であるとともに、福岡県かるた協会の役割も担っております。

 平成29年1月、「ちはやふる」世代でもある当会の鶴田紗恵(当時九州大学4年)が、全国の頂点である第61期クイーン位に就くことができました。本人の努力もさることながら、協会内外の多くの方のご支援に感謝いたします。

 当会では、これからも、「競技かるた」の技術向上を目指すとともに、楽しさを、広く、多くの方に伝えていく活動を行っていきたいと思っております。一人でも多くの方に、この「競技かるた」の輪に加わっていただけますことを、心よりお待ちしております。

九州かるた協会 会長

内川信幸

九州かるた協会の主な年間行事

1月 全国競技かるた太宰府天満宮大会の主催(at太宰府天満宮、3日間に分けて開催)
アクロスお正月企画楽しく遊ぼう!かるた祭りの主催(atアクロス福岡)
2月 新春櫛田神社小学生かるた大会の主催(at櫛田神社)
4月 全国高等学校総合文化祭福岡県チーム選抜大会の主催
5月 西日本新聞社杯団体対抗かるた選手権大会(春の部)の主催(at櫛田神社)
全国高等学校かるた選手権大会福岡県予選の主催
6月 全国競技かるた宗像大社大会の主催(at宗像大社、3日間に分けて開催)
7月 ※新人戦(主催は九州大学百人一首愛好会)
9月 百人一首朝倉大会の主催(at朝倉市)
10月 三池カルタ・歴史資料館杯小倉百人一首九州新人かるた競技大会の主催(at大牟田市)
11月 ※宇美八幡宮大会(主催は宇美かるた会)
12月 福岡県高校文化連盟主催技術講習会の主催
西日本新聞社杯団体対抗かるた選手権大会(冬の部)の主催(at櫛田神社)

福岡県の競技かるた これまでの歩み

黎明期(大正時代~昭和40年頃)
 現在、行われている「競技かるた」が始まったのは、明治37年(1904年)です。もちろん、それ以前にも「かるた競技」は楽しまれていましたが、ルールは場所によって様々でした。それを統一して、早く札を取るための方法を分析し、競技かるたを確立させたのは、明治のジャーナリスト黒岩涙香でした。明治37年、涙香は自身が主宰していた新聞「萬朝報」に「かるた早取り法」の特集記事を掲載するとともに、第1回の全国競技会を東京日本橋の常磐木倶楽部で開催しました。

  その後、大正時代から昭和初期にかけてかるたは全国的に広がりました。九州でも、大正9年には東京白妙会出身の石田利行氏により福岡市今川橋に九州かるた協会が設立され、当時、福岡市内にあった明静会、むらさめ会、ももち会などのかるた会をまとめました。また、大正10年から始まった西日本かるた選手権大会などを通して、北九州地区や大牟田地区等の選手との交流も拡がっていったようです。

  残念ながら、練習会場を提供されていた平山徳太郎氏の死去や、中心選手であった鈴木俊夫氏(東京白妙会出身)の転勤などが重なり、昭和30年代半ばより10年間ほど九州かるた協会は休眠状態となりました。昭和42年当時の全日本かるた協会の名簿には、「福岡市春吉下四十川ク組平山徳太郎方九州かるた協会石田利行」と古いままの住所が記載されています。
創設期(昭和46年~47年)
 九州かるた協会が休眠状態にある中、太宰府天満宮でのイベントを打診された㈱大広の岡部定一郎(現常任顧問)の発案により、昭和46年に第1回太宰府名人位かるた競技大会が開催され、その翌年、大会運営の指導役であった原田敬次郎氏が会長に、大会の火付け役であった岡部とフクニチ新聞社の竹永守人氏、FBS福岡放送の咲山恭三氏の3氏が副会長に、太宰府天満宮宮司の西高辻信貞氏が名誉会長に就き、九州かるた協会は復興されました。

  戦前戦後を通じ、九州各県にかるた会は多数存在していたようですが、一部を除き、3人一組の源平戦を行う所が多かったようで、九州には全日本かるた協会に登録するかるた会はありませんでした。そのような状況の中、原田氏は、昭和48年に九州かるた協会を全日本かるた協会に再登録させるとともに、全日本かるた協会に登録するかるた会どころか、県単位での協会もなかった九州各県のかるた会との交流を深め、九州における競技かるたの普及、各県かるた協会の設立に尽力されました。その後、竹永氏、咲山氏に替わって保井茂氏、相川不二也氏が副会長に就き、福岡県内のかるた会をまとめる形で現在に至っています。

  残念ながら、原田氏は平成13年に他界されました。原田氏が生前特に力を入れていたことに、読手の育成がありました。ストップウォッチを持って吟読のスピードをチェックする姿が懐かしく、その指導のもと、前田スエ子氏(現東京白妙会)、京谷千恵子、矢山夕起江、原野冨美子氏(故人)らを始めとする多くのA級公認読手が誕生しました。
発展期(昭和47年~平成9年)
 九州かるた協会の復興に際しては、次の2つの目標が立てられました。
  • ●まず小学生1,000人に競技かるたを教える。そうすれば中学ではその中の100人、高校では10人が続けてくれるだろう。そして大学・社会人まで続けてくれた1人が九州かるた協会を担ってくれる

  • ●選手育成については30年計画とする。最初の10年で競技かるたの周知と底辺拡大を図り、次の10年で全国レベルの選手を育て上げる。仕上げの10年で名人・クイーンを出す
  この2つの目標は、昭和60年の北野律子(旧姓中村、現奈良県かるた協会)クイーン誕生で一応の達成を見ました。北野クイーン誕生は、協会の目標に沿ったものであり、小学校時代に恩師、木村迪雄氏との出会いから始まり、大学卒業後1年目に達成したものでした。   「畳の上の甲子園」とも言われる「全国高等学校かるた選手権大会」には、福岡県代表として、第1回大会(昭和54年)に北野クイーンを擁した福岡高校が出場して以来、福岡中央高校、筑紫女学園高校、嘉穂高校、筑紫丘高校が出場し、平成2年には筑紫女学園高校が見事全国制覇を成し遂げました。このときの主将であった益満亮子(旧姓片瀬)は平成3年、平成13年に「全国競技かるた女流選手権大会」を制覇、平成11年には準クイーンにもなっています。

  昭和63年の「全国選抜かるた大会」、平成5年の「全日本かるた選手権大会」で田畑謙氏が優勝。平成8年には池田実穂子が準クイーンとなりました。そして、平成9年には全国№1かるた会を決める「各会対抗団体戦」にも優勝することができました。
現在(平成10年~ )
 平成10年6月、高齢の原田氏の闘病生活を機に世代交代が図られ、ともに30代であった内川信幸、竹井雅幸が会長、副会長に就任するとともに、20~30代の現役選手を中心とする執行部体制が築かれ、今日に至っています。

  平成29年1月、「ちはやふる」世代でもある鶴田紗恵(九州大学4年)が見事クイーンとなりました。当会からは北野クイーンに次ぐ30年ぶりのクイーン誕生です。

  会員数も、220名(平成29年3月末現在)にまで増え、多くの大会、イベントを通して、競技かるたの普及、指導の機会を広げています。
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